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信州の鎌倉・塩田平
明治38年頃、女池付近は水田と野菜畑だけの一面の田園地帯でした。 明治45年上田西塩田線の道路が完通sると2、3戸の新築がはじまり続いて大正9年オルガン針中塩田工場の敷地に株式会社塩田繭糸会社が設立され、翌大正10年には上田交通(上田別所温泉電
氣鉄道)が開通すると同時に塩田平の中心としての商業地帯が出現した。
当時の記録によると雑貨屋、菓子屋、洋服屋、繭糸商、理髪店、化粧品店、豆腐屋、食糧品雑貨店、特飯店等が営業を初め近隣の人たちから、通称「塩田町」と呼ばれた。
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塩田平の中心地・女池から西側を臨む(平成20年12月30日撮影) |
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このはなさくや姫を御神体とする稲荷は、本来稲作を中心とする農民の守護神であり、五穀豊穣を願う村民のバックボーンとなっていた。
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毎年、冬至のころには正面にある、女神岳の頂上に太陽が沈む。 |
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大正10年頃の記録によると雑貨屋、菓子屋、洋服屋、繭糸商、理髪店、化粧品店、豆腐屋、食糧品雑貨店、特飯店等が営業を初め近隣の人たちから、通称「塩田町」と呼ばれた。
大正13年日増しに成長を続ける塩田町商店街はこの地域の守護神として京都の稲荷社より御神体を分祀し繭糸会社敷地内に「塩田稲荷社」として祭ることになりました。
その後、昭和8年社屋を女池畔北側現在地に移転し盛大な祭典を催し以来現5・6班の住民全体の守護神として永遠に祭ることになりました。
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オルガン針株式会社・中塩田工場の跡地には「五加自治会館」があります。 |
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